
入江悠監督、初のドキュメンタリー。
街の映画館・深谷シネマをゼロからつくった館長が引退する。“みんなの居場所”に波紋が広がっていく。
埼玉県深谷市の小さな映画館、深谷シネマ。
ゼロから場所をつくり、育ててきた館長・竹石研二(76才)が、引退を決意した。深谷で育った映画監督・入江悠は、その知らせを聞き、みずからカメラを持って、館長が去るまでの日々を撮りはじめる。カメラが写したのは、ただの“映画館の館長”の姿ではなかった。


竹石館長は、映写室で筋トレをし、お客さんとランチを食べ、劇場の外へ上映活動に出かけ、地元のひとと酒を呑み交わす。深谷シネマには雑談をするだけのひとも来る。竹石館長がいなくなっても、“みんなの居場所”は引き継がれるのか?
入江悠監督が初ドキュメンタリーで見つめるのは、ひとりのひとがつくった“居場所”と、そこに集うひとびとの、これから。
ナレーションなし、テロップなし、音楽なし
ユーモア溢れる“引き継ぎ”ドキュメンタリー誕生!

入江悠
監督
子どもの頃、学童保育でよく映画を観せてくれた映写オジサンがいて、それが竹石研二さんでした。
わたしは6才で、竹石さんは37才でした、
やがて、わたしは映画監督を志し、竹石さんは地元に映画館「深谷シネマ」を作りました。
わたしは20才で、竹石さんは51才でした、
わたしが京都で時代劇を撮って地元に帰ると、竹石さんが館長を引退するとききました。
わたしは45才で、竹石さんは76才になっていました。
竹石さんが働く最後の日々を記録したいと思い、カメラで撮りつづけました。
そして、気づきました。
竹石さんはずっと「みんなの居場所」を作ってたんだ、と。
あなたの町にも、竹石さんみたいなひとがいるでしょうか?
――入江悠(監督)

竹石研二
深谷シネマ元館長
町工場のオジサンが毎朝、工場のカギを開けるように、ボクは「深谷シネマ」のドアーを開ける。
ある朝「シネマ」に着くと、カメラを持った入江監督がいた。
「あれっ、何してんですか?」とボク。
「館長を撮るんですよ!」と入江監督。
その後、行く先々で監督のカメラと出会った。
そして数か月が経ったある日、「映画できましたよ!」と告げられた。
恐る恐る観てみると、淡々とした日々の自分の姿の恥じらいを通り越して、「映画館」に集う人たちの日常と愉しみが愛おしく映っていた。
入江監督、ありがとう!
――竹石研二(深谷シネマ元館長)
竹石研二
深谷シネマの皆さん
塚本晋也 塚尾桜雅 駒木根隆介
監督・撮影・録音・編集・プロデュース・配給:入江悠
整音:山本タカアキ グレーディング:野口健司 スチール:根矢涼香
製作・配給:BROCCO FILMS
第27回東京フィルメックス 特別招待部門 正式招待作品
©BROCCO FILMS
1948年、東京都墨田区生まれ。今村昌平が創立した横浜映画専門学校の1期生。日活児童映画など、さまざまな職を経たのち、深谷市に移住。50才のときに「街に映画館を作ろう」と決意。深谷シネマを市民とともに創りあげる。
1979年生まれ。映画『SR サイタマノラッパー』(09)が大きな話題を呼び、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門グランプリ、第50回日本映画監督協会新人賞など多数受賞。『AI崩壊』(20)で日本映画批評家大賞脚本賞。『あんのこと』(24)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、優秀脚本賞など受賞。他に『22年目の告白 私が殺人犯です』『ビジランテ』など。最新作は初ドキュメンタリー『館長、最後の日』(27)、NETFLIXドラマ「フジヤマBOY」(27)。
2027年初頭 全国ミニシアターで公開予定
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